支部創立15周年記念 日本農芸化学中四国第46回講演会(支部大会)
- 2016.09.15
【日時】
2016年9月15日(木)
【演題】
機能性食品素材「黒酵母β-1,3-1,6-グルカン」の開発-定量分析から機能性評価まで
【演者】
池上裕倫((株)ソフィ)
【目的・方法・結果】
β-1,3-1,6-グルカンは,体内の免疫応答を調節して正常化する生物応答調節剤 BRM (Biological Response Modifiers) として働き,摂取することで,日常の疾病リスクの低減や,ガンなどの治療効果を増強する。β-1,3-1,6-グルカンは,パン酵母やシイタケを含めた担子菌類の構造多糖の 成分であるが,細胞壁より抽出することで初めて BRM として働き,さらに精製することでその効果は強化される。そのため,効果の高いβ-1,3-1,6-グルカンの収率は悪く,高価格となり, 利用分野が医薬品と一部の健康食品に限られていた。 我々は,菌類等の由来種から抽出・精製する従来のβ-1,3-1,6-グルカン製造方法に代わり,微 生物の菌体外多糖 EPS (Exopolysaccharide) を利用した製造方法を開発した。EPS は構造多糖と 異なり,多糖が菌体から遊離しており,数種の多糖が産生される場合でもそれぞれは別離しているため,簡便な精製方法で目的の多糖を得やすい。そこで,β-1,3-1,6-グルカンを EPS として産生する微生物を土壌中より探索し,黒酵母 Aureobasidium pullulans AFO-202 株を単離した。 AFO-202 株は,二形性真菌であり様々な細胞形態をとる複雑な生活環を持つ菌であったが,細 胞形態とβ-1,3-1,6-グルカンの産生能との関係を明らかにして,安定したβ-1,3-1,6-グルカンの 生産を可能にした。こうして得られた黒酵母β-1,3-1,6-グルカンの安全性は,急性毒性試験,遺伝毒性試験,反復投与試験などにより確認した。 β-1,3-1,6-グルカンには特異的な定量方法がなく,食品中の含有量の測定値にはβ-グルカン 量が用いられていた。しかし,β-グルカン量にはセルロースなどβ-結合したグルカンが全て 含まれるため,分析値はβ-1,3-1,6-グルカン量を示していなかった。そこで我々は,微生物 2 種 の産生するβ-グルカナーゼを組み合わせることにより,β-1,3-1,6-グルカンを特異的に分解し, 分解産物を測定する酵素定量法を確立した。酵素定量法では,由来種によらず測定することが 可能であり,黒酵母β-1,3-1,6-グルカンの定量的な機能性評価が可能となった。 黒酵母β-1,3-1,6-グルカンの BRM 機能の評価は,NK 細胞の活性を指標とした。健常者および NK 細胞の活性が低いとされる担癌患者や高齢者を試験対象者として,臨床試験を行った。 黒酵母β-1,3-1,6-グルカンを毎日 150 mg 摂取した場合,4 週間で健常者や担癌患者で NK 細胞の活性が上昇した。また 12 週間後には高齢者でも活性の上昇が確認できた。この結果から,抽 出と精製を行っていない黒酵母β-1,3-1,6-グルカンが,生体内で BRM として働くことが示された。 さらに,水溶性の性質を持つ EPS を利用したことで,黒酵母β-1,3-1,6-グルカンは水溶性食 物繊維の機能も示した。黒酵母β-1,3-1,6-グルカン 150 mg を 4 週間摂取した結果,LDL-コレステロール値は大きく低下した。また 35 mg を食事に添加した場合には,食後の血糖値は低く抑えられた。さらに 100 mg を 6 週間摂取した試験では,空腹時の血糖値の改善が見られた。他の臨床試験では,糖尿病や脂質異常症の治療に大きく寄与した報告がなされた。また,入院患者を対象とした臨床研究結果からは,便秘症状の改善,腸機能の改善による高齢者特有の低栄養状態の改善などが示された。これらの機能性は,従来の構造多糖を利用したβ-1,3-1,6-グルカン にはない特徴である。 我々が開発した黒酵母β-1,3-1,6-グルカンは,担子菌類から精製した従来のβ-1,3-1,6-グルカンに比べ,価格が約 20 分の 1 と安価であり,汎用性に優れる。平成 8 年に食品添加物として認可を受け,現在は健康食品だけでなく健康志向の加工食品の原材料としても使用されている。 嗜好性は開発当初に比べ格段に向上し,近年は菓子や酒といった嗜好品にも利用されている。 今後はさらに,免疫力の強化が求められる介護施設や病院での食事に,黒酵母β-1,3-1,6-グルカンの導入を進めていく。